いかがなものか

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

アバルト復活ですかそうですか。

abarth500
ディーラー網が独立したと思ったら、コルソマルケのファクトリーも復活したのね。
とりあえず695SSアセットコルサは出すんだろうなそのうち。
http://www.abarth.jp/
公式サイトのやたら詳しいヒストリーではカルロの死と共にコルソマルケのファクトリーも
2007年まで閉じていた様に読めるが、彼らが語らないアバルトの歴史について語ってみる。

フィアットが131の販売促進のためにランチアストラトスを無理矢理ワークスから撤退させて
アバルト131ラリーをデビューさせた後、アバルトが開発していたのが開発コードSE037、
つまりグループBを制した最後の後輪駆動車ランチア・ラリー037だ。
嘘だと思うならエンジン見てみ。カムカバーにABRATHってデカデカと書いてあるから。
037rally
そしてトイボネンの命もろともグループBを破滅させた怪物デルタS4の形式名はSE038。
ランチアの800番台でもフィアットの100番台でもない。
deltaS4
1997年にアバルトはアルファ・コルセと共にフィアット・オート・コルセに吸収されて
コルソマルケのファクトリーからABARTHの看板が下ろされた。
ちなみに99年にデビューしたフィアット・プントHGTアバルトは、
プントHGTのあちこちにサソリのマークを貼り付けただけのクルマだ。
ABARTHを信仰する日本人の為に。
HGTabarth
そしてフィアット・オート・コルセは2001年にN Technology社となり、
コルソマルケにABARTHが復活した2007年、ついに・・・
ホンダアコードでWTCCに参戦したのだ!そして今も!
ACCORD
http://www.ntechnology.it/ENG/

実は俺もたった今この事実に気が付いた。
おそらくそこそこのマニアでも155でDTMを戦ったアバルトの残党が再結集したという
ロマンティックな夢を見ている人が多いと思う。

ネットでは断片的な情報はすぐ手に入るが、大きな流れを掴むことは結構難しい。
いい夢見ろよ!
スポンサーサイト
  1. 2009/04/02(木) 22:37:22|
  2. クルマ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<うわあああああああ~! | ホーム | なるほどねー。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://inuclutch.blog51.fc2.com/tb.php/999-e3147f88
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。