1月4日とはいえ、靖国はまだ混んでるだろうと思いつつ、
前を通ったら意外と空いてたのでリベンジしてみた。
今回の目的は年末に休館中だった遊就館である。
1階の玄関ホールは無料で入れて撮影も出来る。
ゼロ戦と大砲、C56がお出迎え。ガキ共大喜び。



「拝観料」800円を払って2階へ。
最初に上映室があって、靖国神社が企画・製作した映画
「みたまを継ぐもの」を上映中。
開始後20分程で入ったが、大筋は理解できたつもりだ。
<あらすじ>(客観的にまとめたつもり)
ニートの隆信は就職に悩んでいた。そんな時、恋人の真奈美から
靖国の本を渡されて英霊の遺書を読み、家族や祖国の為に死んだ人々が
いることを知り、他者への思いやりに目覚める。
そして父親のコネによる就職面接の直前、
遊就館を訪れた隆信は決意する。(その時戦闘機のプロペラ音が)
隆信は就職話を辞退し、月給10万のコーヒー職人になる。父親は激怒する。
「お前は靖国の本なんか読んでるからこんなことになるんだ。
何が英霊だ!あんなの犬死にじゃないか!この女にたぶらかされたんだな!」
真奈美が反論する。「彼らは祖国の為に誇りを持って死んだのよ!」
従軍看護婦だった祖母が口を開く。
「お前(父親)が言うことももっともだが、隆信たちも間違ってはいない。
物事には色々な見方があるのよ。」
自らゴミ出しをして近所の人にも挨拶するようになった隆信。
祖母が英霊となった兄の遺影に言う。「隆信も立派になったわねえ。」
<感想>(俺の主観まるだし)
ひと言で言えば、若者の自立を描いた良くある物語だが、
英霊に教えられた「他者を思いやる」ということと、
「自分の意志を持って生きる」ということがどう結びつくのか、
頭の悪い俺にはピンと来なかった。
演出としては「民族の誇り」というキーワードで
ビシっとそこが繋がるって事みたいなんだけど。
あと、隆信が決心する前に2つのエピソードが出てくる。
真奈美は知的障害者の施設で働いており、
自分の生き方に悩んでいた隆信が施設を訪問する話。
間違った事をした障害者に真奈美は毅然とした態度で謝らせる。
「ありがとう」と「ごめんなさい」が言えないと自立できないのよ。
この時点で、このエピソードが何を意味するのか良く解らなかった。
次に、変わりつつある隆信がコーヒー職人である真奈美の叔父を訪問する話。
彼はパプア・ニューギニアの豆を使っており、現地の農家に指導もしている。
せっかく良い豆が出来るのに白人達に搾取されている現地人たち。
彼らには自立する術を教えてやる必要がある。
この焙煎機の中にも小さな大東亜共栄圏があるんだと。
つまりアレですか、大東亜共栄圏は知的障害者の施設ですか。
東南アジアの諸国を日本が統治したことが、
その国の近代化や、欧米支配からの脱却に寄与したという面は有ると思う。
しかしこの比喩ってどうなのよ。あくまで俺の解釈だけどね。
気を取り直して展示室へ。
古代から太平洋戦争までの歴史年表とともに、展示品が陳列してある。
古代から江戸時代はまとめて1室、明治維新から支那事変までは8室。
大東亜戦争で5室、戦死者の遺影や遺品で4室。
支那事変あたりまでの歴史解説は中学の教科書レベルである。
欧米列強の植民地支配や戦後のアジア諸国の独立等にも触れているが、
極度に偏った歴史認識という印象は受けない。
むしろ肩透かしを食った様に感じた俺の方が偏見に満ちているのかも知れない。
しかし、そもそも歴史解説はおまけであり、
拝観者の関心も展示品そのものにある様に感じた。
そして展示品には武器と軍服が圧倒的に多い。
銃や大砲に関してはスペックがやたら詳しく書かれている。
その他にも戦闘機の「キャブレターの破片」とか
「シリンダーヘッドの破片と吸気バルブ、バルブシート」とか。
ここは武器ヲタホイホイですか?
俺も小~中学生あたりまでは武器ヲタだった。
明確な目的の下に設計された機械は機能美に溢れている。
しかし英霊達は武器がカッコイイから戦場に行ったんじゃないこと位は
俺でもわかる。
桜花のミニチュアを見た若者が「これカッコイイなあ」とツレに話しかける。
グライダーにロケット付けて、敵艦に突っ込む為の棺桶だ。
おまえら模型屋の店頭ならともかく、靖国神社でそんなこと言うか。
日清戦争で銃に撃たれながらラッパを吹き続けて死んだ兵隊の話が
載っている修身の教科書。任務完遂の手本だそうだ。
「あー俺もコレ読んだよ。懐かしいーなー」
老夫婦のダンナだ。そして吐き捨てるように言った。
「ふっざけた話だよ。」
肉弾三勇士の資料の前で、隣の若者に武勇伝を語る爺さんがいた。
若者は逃げる機会を失って困り果てているので、さりげなくすり替わる。
「戦争を知らない奴らが最後の一人まで突っ込めとか馬鹿な指示するから
650人が小銃の一発も撃たずに迫撃砲で死んだ。東条の馬鹿が!」
「入口に15センチの大砲あったろ。あれを10門揃えたんだが、
重油撒かれて、飛行機から焼夷弾落とされて100人焼け死んだ。
俺が次の日来たら、皆黒焦げになってたよ。」
やり方はまずかったとして、あの戦争はやるべきだったと思いますか?
「あの戦争は財閥が始めたんだよ。満州事変知ってるか?
日本は北朝鮮の鉄鉱石が欲しかったが、それを中国がせっせと
運び出していた、そこで陸軍に金渡してやらせたんだよ。
そんで勝っちゃったもんだから陸軍が調子に乗っちゃって、
もう誰にも止められなくなった。」
爆弾で鼓膜をやられた爺さんは一方的に喋り続け、
閉館のお知らせが流れ始めたので、
後半は早足で流してしまったが、最後の大展示室で足が止まった。
戦車や大砲やらの中央に、人間魚雷「回天」が展示されている。
回天の命名者であり、上層部が渋る人間魚雷の採用を
血書をもって嘆願した黒木大尉は、訓練中に海底に突入して殉職した。
搭乗員はすべて志願によったという。
真っ黒な船体の中央部に、小さく金色の模様が書かれている。
なんか仏壇とか仏具の装飾みたいなの。
悲しみと怒りに襲われて動けなくなる。
俺は、先の大戦で英霊達が守ろうとしたのは国家としての日本ではなく
自らの家族、故郷、そしてその延長にある共同体としての日本だと思う。
靖国は解放されたアジアの民については熱心に紹介するが、
日本の民間戦没者については全く興味が無い様に俺には感じられた。
立派な遺書も書かず、戦わずして死んだ人々のみたまは継ぐに値しないのか?
なんか論理が飛躍してる気もするが、現在の正直な感情である。
結論は出ない。
スポンサーサイト
- 2009/01/06(火) 22:49:43|
- どうしたものか
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0